取るに足らないこの世界で

舞台俳優とか、V系バンドマンを追いかけてる

推しの話

 推しは、小劇場を中心に活動している俳優だ。

 若手という程の年齢でもなければ、今時の顔立ちをしているわけではなく――どちらかというと昭和の男前で、とりわけ目立つタイプではない。けれど、ひとたび板上に立つと一際存在感がある。そんな舞台俳優だ。

 

 

 推しを初めて知ったのは、知り合いに誘われた舞台だった。

 小劇場というのは不思議な空間で、客席は「身内7:ファン3」程の割合で構成されている。もちろん、その時々の劇団や客演の集客率にもよるとは思うが、客席に居て感じる比率は大方そうだ。

 

 そんな客席から私は、初めて推しの姿を見た。

 推しは、主要な役どころではなかったが、確かな存在感があった。柔らかく、温かなお芝居をされる方だと思った。推しの顔がとてつもなく好み!というわけではなかったが、終演後もその姿が頭から離れなかった。

 

 それから数か月後に観た舞台で、推しの姿を見つけた。前回とは打って変わってアクの強い、およそ万人受けをしないであろうキャラクターを演じていたが、その姿を見てすぐに実感した。

 あぁ、私はこの人が好きだな。この人の佇まいや、声や、演技その全てが好きだな、と。

 

 小劇場には、終演後に面会という時間がある。これはその名の通り、観客が演者と交流できる時間であり、その日の作品の感想やその他諸々を直接伝えることが出来る場である。

 私が、面会で初めて推しと接触をしたのは、それからまた数か月後の観劇の時だった。初めて推しを見た時から、3本目の舞台になる。しかしその作品は、それまでの2本とは違い、初めて明確に推しを観に行こうと思い、足を運んだ舞台だった。

 

 その舞台は、全体的に物悲しい、しっとりとした作品だった。推しは、初めて見た時と近い、快活で朗らかで、メインではないが各場面ごとに居なくてはならない、そんなキャラクターを演じていた。

 終演後、良い意味で心の晴れない、後味の悪いその舞台のアンケートを書きながら、推しの手が空くのを待っていた。上述したように、客席の半分以上は演者の身内であることが多い。その日も、例に違わず役者仲間であろう人たちと、推しは談笑していた。

 そろそろ完パケか、という雰囲気が漂いだしたところで、推しの手が空いた。しかしながら、私は推しに認知されたいどころか、寧ろ永遠のモブで居たいと願うタイプの人間だ。ここにきて足がすくみ、何も知らないふりをして会場を後にしようかと思ったのだが、一緒に観劇していた友人に後押しされ、震える足で推しの元に向かった。

 

 「本日はありがとうございました。」

 推しの第一声だった。私は、推しの知り合いでも何でもないので、他の役者のお客さんと思ってくれたのだろう。普段であれば、その言葉に会釈をして出口に向かうのだが、今更逃げ出すわけにはいかない。

 とはいえ、何か気の利いた一言が出るわけでもない。推しに目を見られ、にこりと笑い掛けられ(ただの客出しと分かっているけれど)、一瞬でパニックになった私は、必死に言葉を探した。

 

 あの、私〇〇さんのファンなんです。そう伝えると、推しは一瞬きょとんとし、しかしすぐに慌てふためきだしたのが分かった。しかしすぐに、こう言葉を返してくれた。

 「いや、僕、お客さんにファンって言われたの初めてで…。」

 え、そうなんですか?その言葉にとても驚いたことを覚えている。こんなにも印象的で、記憶に残る役者さんなのにな、と思った。

 今までに観た舞台のこと、印象的だった役柄のこと、今日の舞台のこと、次作も観に行くこと。そんな事を伝えた記憶がある。緊張で、聞き取りづらいほど早口になっていたような気もするが、推しは終始嬉しそうにしてくれていた。そして、これからもよろしくお願いします、今日は本当にありがとうございました、と会話は締めくくられた。

 

 それから約2年が経つ。推しの演技は相変わらず大好きだし、推しの人柄も大好きだ。今でも面会前は、帰りたいな…いやきっと帰ったら後悔するな…と自問自答を繰り返し、声を掛けるタイミングを伺っていたりする。しかし2年前に比べれば、程よい距離感を掴めているのではないかと思う。

 推しのことが大好きだ。推しの演技を多くの人に見てもらいたいし、推しのことをいろいろな人に知ってほしい。けれど、2年の間に少しずつ増えた同担を見ると、色々な感情が渦巻く。ガチ恋ではないが、一人前の所有欲はある。そんな自分がどうしようもなく嫌にもなる。それについてはまた、追々何かのタイミングで吐き出そうと思う。

 

 推しのことが好きだし、推しを好きでいたから見ることが出来た様々な景色がある。だから、これからも推しのことを好きでいたいし、きっと好きで居続けると思う。

 けれど、負担にならないように、義務にならないように、マイペースに推し続けるというのは、どうにも難しい。早く、ちょうどいい塩梅を見つけたい。